理事長鶴岡 近況報告
入院し からだの不調が分からず
後から介助者に 聞かされて 驚いた私
むらさき(2026年1月)
「互いに気づく」 理事長 鶴岡和代
2022-09-01
暑い毎日みなさんお元気でしょうか。
熱中症にならないようにそれぞれの方法で体を涼しくしたり水分を摂ったりして
この夏を乗り切りましょう。
さて、私は7月27日に4回目の新型コロナワクチンを接種しました。
その頃から濃厚接触者の疑いだったので、
感染を拡げないように介助者を固定して24時間の介助体制で2名交代でした。
24時間私にずっとついていた人もいれば、
日中8時間だけ固定した介助者が入ってその後夜勤から翌日の夜勤まで入っていた人もいます。
感染を拡げないために少ない人数で私の介助にあたってくれました。
介助者は防護服を着て介助にあたっているので、すごく大変だったと思います。
介助してもらう私もどのように声を掛けたら相手に負担が少ないかものすごく考えて、
この考えることがストレスだったりしました。
介助者はもっとストレスだったのかなと思って反省したり、
自分の考えの狭さに腹が立ったりしました。
2週間も続いた中で介助者の意気込みをものすごく感じました。
どんなことが私に芽生えたのか、気づいたのか、
言葉にするのはすごく難しいので今日は書かないけど、
何かが芽生えたのだと思います。
介助者の気持ちをものすごく考えてやってほしいことを伝えたり、
呼吸器がついている私のたん吸引をしたり、
介助者側も相当神経を使ってこの部屋にいたのだと思います。
それを思うと感謝でいっぱいです。
言葉にできない思いがいっぱいあって、
これからも感染を拡げないように考えていかないとと思っています。
他の利用者も同じような思いを持っていたのではないでしょうか。
やはり感染を拡げないようにこれからも考えていかないとならないと思います。
恐らく考え方が違うのでいろんな考えがあっていいと思いますが、
ただ私たちは介助者のことを考えて自分がどう思うのかが大切だと思います。
みなさんの中に気づきがあったら私も一緒に考えていきたいと思います。
「歩む路のり」 理事長 鶴岡和代
2022-08-01
みなさんお元気でしょうか。
6月には梅雨が明け熱中症の心配をし、
7月に入ってからは新型コロナ感染症の新しい株が出てきて第7波もあるようで、
心配している今日この頃です。
さて、私は7月25日で72歳になります。
誕生したときには、医者から3日持てばよいと言われたくらいの未熟児でした。
子どもの頃から親からその話を聞いていたので、長生きはできないなと思っていました。
それが、振り向けば72歳まで生きてきました。
私は平成2年に自立生活を始めました。
24時間の介護が必要なのに、あの頃は福祉制度や介護制度などが使用できるのも1日8時間とかでした。
制度が少なかったのでボランティアを一生懸命集めました。
学校に出向いてはビラ配りをしたり、ボランティアをしてくださいと声掛けをしたりしました。
100名近いボランティアに支えてもらって今の生活があります。
そして、その頃の自分を振り返ると、ものすごいパワーだったなと思います。
介護制度の充実を願って東京都や厚生省に交渉に行きました。
ボランティアに支えてもらって暮らしている生活はとても大変だったので、
介助者として働けるように制度を作りたいと全国の重度障害の方と一緒に交渉しました。
私たちについてくれているボランティア的な介助者も一緒に声をあげてくれて
現在の介護制度を作り上げてきました。
今呼吸器をつけている私としては、当時はよくそんなパワーがあったなと思います。
介護制度や福祉制度を作っている中で介助者と共に歩んできた路のりは
色々な想いが沸き上がってきます。
この頃のことを詳しく書くと、今日1日では終わらないので、この辺りで締めます。
とにかく、72歳まで生きてきたことは自分でもすごいなと思っています。
みなさんも共に元気でこれからも暮らしていきましょう。
「我振り返る」 理事長 鶴岡和代
2022-07-01
みなさんお元気でしょうか。
新型コロナの感染も落ち着いて6月10日から外国人の受け入れも始まっているようです。
色々な国から浅草の浅草寺に観光に来ていてまた新型コロナの感染が広がらないか
ちょっと心配になります。
梅雨になるし暑い日もあって私たちは体調を保つのも大変です。
体調に気を付けて過ごしましょう。
さて、私たちの障害も様々で、
年を重ねていく中で介助者のサポートがあれば歩けていたのに歩けなくなったり、
私のように気管切開をして医療行為の介助もあったりします。
介助者も大変だと思うけど、
私も吸引とか胃ろうから栄養を入れるときとかに
入れ方が上手くいかないと痛い時もあります。
私のように気管切開をしていると言葉が話せないので、
その場で介助者に痛いとかやり方が違うとか言えないことがあります。
そんなときお互いにイライラしちゃうことがあって、
自分を振り返って介助者に寄り添う気持ちを持ちたいと思うけれど、
やっぱり心が狭いのかなかなか向き合えないときがあります。
言語障害がある私たちは、
なかなか伝わらないとイライラすると思います。
そんなとき自分を振り返って寄り添う心を持てたらと、毎日思っています。
でも、なかなかできない私です。
介助するみなさんも私たちに寄り添う気持ちを持っていることは分かるのですが、
受け止める方も寄り添う心を持たないとスムーズにいかないことがあります。
みなさんはいかがでしょうか。
「暮らし豊かに」 理事長 鶴岡和代
2022-06-01
爽やかな5月も梅雨時のような雨模様で、
若葉も雨に打たれて季節の移ろいを感じる今日この頃です。
コロナウィルスの感染状況も今週あたりから高い数字が出ていて
新しい株も増えてきているニュースを見て第7波がやってきそうな気がしています。
みなさんはゴールデンウィークを楽しんだでしょうか。
さて、5月・6月は紫陽花や薔薇、ラベンダー、菖蒲、あやめなど
青い花がいっぱいあります。
私は子どもの頃から今書いた青や青い花びらの花が好きです。
梅雨時の花ということもあって青い花びらは心惹かれる思いがありました。
みなさんはどの色が好きか分からないけれど、
赤とか黄色とかは心惹かれる思いは少なかったです。
親からも友だちからも
「青い花ばかり好きなんだね。」
「赤い花や黄色い花を入れるともっと素敵になるよ。」って言われたけれど、
赤や黄色を入れるのだったら白い花を入れるのがいいなと思っていました。
みなさんの中にも青い花びらが好きだという人がいるかもしれません。
青と白い花だとさみしげでお葬式みたいと言われるときもありました。
でも、その色の好みは人それぞれだから、私は好きな花が青い花びらだった。
そう思っています。
紫陽花の花びらは赤いむらさきや青いむらさき、白などに
土の中で育つときに変わるという話を聞きました。
暮らしも色々な思いがあって鮮やかに過ごしているんたろうと思います。
みなさんはどのように感じていますか。
「昭和の時代」 理事長 鶴岡和代
2022-05-01
みなさんお元気ですか。
コロナも落ち着いてきてはいるけれど、
感染が早いコロナもあるようで第7波が来るのではないかと言われています。
桜も咲いてお花見に行きたい人も多いと思います。
でもまだまだコロナに感染する人は減っていないので、
私はテレビで観る花見でいいやと思ってしまいます。
さて、ウクライナとロシアの紛争が色々な形で日本にも影響が出てきているようです。
私は子供の頃小平にある緑成会整育園という
身体障がいのリハビリと生活指導を受ける施設に入っていました。
昭和30年に入園したとき、
クリスマスには立川基地の若い軍人さんがプレゼントを持って慰問に来ました。
最初にもらったのは輪投げのプレゼントでした。
その後も何かにつけて慰問に来て、
アメリカのアイスクリームや缶詰に入っているチーズ等が配られて、
日本とは全く違う味のものを味わいました。
美味しいと思ったときもあるし、
なんだか石鹸みたいで美味しくないなと思ったときもありました。
日本は太平洋戦争が昭和20年に終焉しているけれど、
立川基地には若い軍人さんが残っていてよく訪れていました。
10歳くらいの時に、17、18歳のお姉さんたちの部屋に移されて、
毎晩のようにそのお姉さんたちが当時流行っていたロカビリーのレコードを持ってきて
小さなレコードプレイヤーで聴きながら楽しんでいました。
山下敬二郎とか平尾昌晃、ミッキー・カーチスなどが歌っている歌が
部屋に流れていました。
私はなんだかよくわからないけれど立川基地があることは知っていて、
今は昭和記念公園になっているあたりです。
ウクライナとロシアの紛争によっては、こうした動きも出てくるのかな
と思っています。
みなさんには伝わらないかもしれませんが、
私は幼い頃施設に入っていて
若いアメリカの軍人さんやアメリカの人と話した覚えがあります。
日本も紛争に巻き込まれないようにと願うばかりです。





