理事長鶴岡 近況報告
新しい 年に願う 思いなり
暮らしの支援 見直して進む
むらさき(2025年1月)
「新たなかたち」 理事長 鶴岡和代
2020-10-01
暑い夏が過ぎたと思ったら、また真夏のような暑い日が繰り返し訪れる毎日です。
皆さんお元気でしょうか。
CILたいとうのスタッフとメンバーもTSTのスタッフと介助者もそして私たちも、
今のところコロナに感染して無いようです。
一番の安心です。
さて、総理大臣も新しくなり、これからの政治がどのように動いていくのか、
今は全く私の頭では思い描けないです。
まだ、意欲的な考えはありそうなので、良き方向に動いてくれたら私たちの生活も
現在と同じか、少しは良くなるのか、と思っています。
飲食店の営業時間も緩和され、経済も上昇することが多くなるのかなと思っています。
イベント業界やスポーツなども、ソーシャルディスタンスを保てば開催も緩和されると
テレビのニュースでやっていました。
そうした社会の動きによって、私たちは生きていけるのです。
福祉制度はおおもとが税金で賄われており、
社会が活発に動かないと福祉制度は後退していく方向になります。
社会の動きに敏感になって、自分の暮らしと置き換えて考えていく必要があります。
私も皆さんも、自分なりに社会の動きを感じ取って喜怒哀楽を表していかないと、
社会の動きに飲み込まれてしまうのかなと思う感じがあります。
皆さんはいかがでしょうか。
「戦後生まれの者」 理事長 鶴岡和代
2020-08-31
コロナウイルスの心配もまだまだありますが、梅雨明けと同時に30℃以上の暑さがやってきました。
皆さんお元気でしょうか。外出に行きたくてもこの暑さだと疲れますよね。
私は今のところ元気で古希を迎えました。
さて、8月はテレビの番組でも戦争中のことや原爆のことなどが報道されています。
毎年そうした報道番組を見ていますが、語り部をする人も年々少なくなっていると言っていました。
85歳から95歳の人でないと戦争中のことは分からないんだろうなと思っています。
私は昭和34年に小平にある緑成会整育園という所に入園しました。
機能訓練の施設と都立小平養護学校が併設されているところでした。
中学を卒業するまでの9年間入園していました。
戦争中のことを知っている先輩もいて、話を聞いたことがあります。
障がいがあって戦争に行かれないことで、私が想像できない色々な差別があったそうです。
昭和30年頃までは町並みもバラック建てが多かったです。
私が34年に入園した時、生活する部屋はトタン屋根でとても暑かったです。
食器もアルマイトの物で、お箸やスプーンは木でできているものでした。
今思い出しても不思議なことが多かったです。
ご飯を入れるお茶碗や、みそ汁を入れるお椀などは、知らない仲間もいて驚きでした。
戦争が起こってはならない。起きてもならない。
今戦争が起こったら、75年前の戦争と違って、原子爆弾も発達しているから皆倒れてしまう。
長崎の原爆の会で小学生の二人が祈りの言葉をいっていたのがとても印象的でした。
このTSTニュースを読んでくれる人は年齢も違うと思うので、最後に言葉の意味を伝えます。
バラック建て:あり合わせの材料で粗末な家屋を急造すること。またその建物。
アルマイト:鉄よりも軽い入れ物。
「豊かな暮らし」 理事長 鶴岡和代
2020-07-30
新型コロナの感染者数が200人を超えています。
大雨による被害もニュースで見ていて、自分だったら逃げようがないなと思っています。
皆さんはお元気でお過ごしでしょうか。
7月になってから、雨の日もあれば30℃超えの暑い日もあります。
体調に気を付けてお互いに過ごしましょう。
さて、前々回と前回に渡ってTSTのことを書きました。
その文章を読んで、私に関わっている介助者や支援者から
「鶴岡さんにはこれからも長生きして理事長として頑張ってもらいたい」と言われました。
今月で古希を迎える私は、あと何年生きられるかなと思っています。
コロナの感染も高まっている中で、自分が感染しているのか調べようがないと
ドクターからも看護師からも言われています。
大丈夫と言われても、不安に思う毎日です。
歌舞伎俳優が出ている番組を見ていて、扇の使い方が立役(男)と女形では違うと言っていました。
それを見聞きしていて、確かに違うなと思いました。
扇というのは要があって、それによってきれいに広がることを私は小さいころから知っていました。
TSTにおいて、私は要なのかなと思いつつ、
喜怒哀楽が大きい私に要の役ができているんだろうかと思う毎日です。
たいとうが大きくなればなるほど、扇も大きくなるし、
要がしっかりしていないとお互いに豊かな暮らしはできないなと思いました。
自分を振り返って、要の役割を果たせるように、しっかりと自分自身を成長させたいと思います。
皆さんからも、ご指導を頂きたいと思っています。
「心の広さ」 理事長 鶴岡和代
2020-06-30
前稿で、TSTとCILの理念について書いたと思います。
介助者の2人から、利用者との関係についてお話がありました。
詳しくは書けないので、申し訳ありません。
2人から言われたのは、鶴岡さんが考えている理念が分かっていないという事です。
CILの理念をモットーにして、介助派遣をTSTに移行するような形で組織を別にしました。
障害者自立支援法という国の制度が変わったので立ち上げなければならなかった。
時代の流れもありました。
私たちと介助者が共に生きる介助派遣の社会を創りたいと思って無我夢中でした。
そして私は「健常者なんかに負けない」という想いも強くありました。
CILの仲間と親しく関わることもなく、意見も交わさない時もありました。
CILのピアカウンセリングや自立生活プログラムと連動しないと、
望む暮らしを切り開き共に生きることは難しいのです。
心の中では分かっていながら、未だできない現実です。
テレビのニュースやコンサート、歌舞伎を観に行っては多くのヒントをもらいました。
実現していこうと思った時、私の体は衰えてきて今に至っています。
医療行為が多くある私は、介助者側が機械を見ながら吸引をしてもらわなければならない状態です。
今になって振り返ると、聴き入る心の広さが狭かったのだなと想う毎日です。
介助者の皆さんの方が、TSTの理念に合っているような人も多いと思います。
想うことが沢山あり過ぎて、まとまらないです。
ご意見、ご指導がありましたら、宜しくお願いします。
「挑んで進む」 理事長 鶴岡和代
2020-05-30
皆さん、体調はいかがでしょうか。
新型コロナ感染について心配なこともあると思いますが、心を強く持って感染しないようにしましょう。
私は介助者の皆さんに帽子やマスク、かっぽう着を着用してもらって
お互いの感染に備えてもらっています。
さて、TSTを設立したのは、平成13年です。
NPO法人で立ち上げ、組織作りが分からなかったので、色々な人から教わりました。
そしてTSTのモットーをどういう所に置くかを色々考えました。
心の中から湧いて出てきた言葉が
「望む暮らしを切り開き 共生社会へのトータルサポート」
という言葉でした。
当時、介護の制度が自立支援法という制度に変わる時でもあったので、NPOの設立になりました。
TSTはCILたいとう(自立生活センターたいとう)から出発しているので、
自立生活運動も含めて「挑んで進む」という意味も込めました。
トータルサポートたいとうは介助派遣事業を行っている団体ですが、
障がい者も介助者も支援者も共に生きる社会を創ろうという意味です。
そして、私が毎回TSTニュースを書く時の短歌の名前は「むらさき」です。
源氏物語の中に紫の上という人が出てきます。
紫の上という人は、宮中をより良く創った人です。
TSTも紫の上にあやかって、
介助派遣事業をこの台東区で一番のより良い事業所として創りたいと思いました。
介護保険の事業所も「むらさき」と言います。
65歳になっても台東区で住み続けられるという意味を込めています。
宮尾さんと堤さんは当時一緒に創っていたのでこの意味が分かると思います。
でも、だんだんぼやけてきて、
鶴岡がむらさきの色が好きだからむらさきになったと言われているようです。
むらさきは好きですが、詳しいことを知りたい方は直接鶴岡まで聞いて下さい。
CILたいとうは共生も私たちも「対等」、前を向いて必要なことはきちんと伝える「台頭」、
台東区で障がい者自身が立ち上げた団体「台東」。
TSTはこのような意味を持ったCILたいとうから出発しているので、
皆さん誇りを持ってほしいと思います。