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理事長鶴岡 近況報告


 
自立への 歩み思えば 大勢の
支えがありき 今日まで生きる


          むらさき(2024年10月)
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理事長鶴岡の近況報告(14)   副理事長 宮尾正基

2019-04-25
「スカイプ」という文明を活用してみた。
先日行われた法人の理事会・総会で。
※NPO法人の規定上、スカイプでの理事会・総会参加は認められている。
理事長が欠席・委任状では…、と奮起し、諸準備を整えて活用へ。
勿論、今後は実際参加出来る体制を整えていきたいのだが、
なかなか現状は外に出れにくい鶴岡さんのような方々への支援の一環として有効。
その効果の大きさは実際に体感した。
また、LINEのビデオ通話もなかなか便利で、
某利用者の支援会議で定期活用し始めている。
 
以前もこの紙面にて紹介した「人口咽頭(人口口頭)」というコミュニケーション補助具もとても有効で、
今ではもう鶴岡サンはかなり使いこなし、かつての「おしゃべりな(謝!)鶴岡サン」が戻りつつあるらしい。
今更ながら、こういった技術のうまい取り込みで地域生活が飛躍的に拓けていくのでしょう。
テクノロジーの効果がとても有意義に発揮できる分野の一つが福祉なのだと思う。
 
介助という存在が、時として、良くも悪くも、
障がい当事者同士のコミュニケーションのジョイントになってしまう場合がある。
コミュニケーション支援という意味合いではどんどん活躍すべき存在だが、
介助者がいることでその存在にコミュニケーション面を過度に頼りすぎ、
障がい当事者同士だけではうまく会話が出来ないような場面をよく目にする。
鶴岡サンがかつて
「当事者が参加する集会や講座に行くと、みんな介助者と話して障害者同士で話さないんだよね」
と不思議そうに話していた。
「常に誰かが傍にいるから個の形成が未成熟なのかな…」
とも。
 
云うまでもなく、鶴岡サンは個が起っている人だ。
昔からコミュニケーションは介助者を介さずダイレクトにしてくる。
鶴岡サンなりの少々長めの言い回し(謝!)で(笑)。
だから、今後はこういったテクノロジーをどんどん活用していくのかもしれない。
 
また近々、延々と議論出来る日が来るのかな(笑)
いや、また近々、長々と説教される日が来るのかな…(苦笑)
 
※各コメントは、逐語ではなく多少装飾しています。
 

理事長鶴岡の近況報告(13)   副理事長 宮尾正基

2019-03-25
一昔前は、脳性麻痺の方々が重度と云われてきた。
今は、気づけば重複障がいの方々が多くなってきている。
そして医療的ケアへ。
「脳性麻痺者への理解」「重度障がい者の支援」を自らを媒介とし牽引してきた鶴岡サン。
今は「医療的ケアの安定」「ターミナルケアの真意」という支援最先端を実践しているのかも知れない。
 
かつて脳性麻痺の方々が唱えた、「本人主体」「自己決定自己責任」というコンセプトが自立生活を具現化し、
制度拡大になっていった。
介助者は、「指示待ち」「確認」の姿勢が問われるというそれまでとは全く違った支援スタイルを求められ、
カルチャーショックともいえる衝撃を覚えたものだ。
そしてそれが新しい支援スタイルを生み出していった
しかし本人からの指示が組み取りにくい方々が増え、
無論その方々の支援に於いても「本人主体」「自己決定自己責任」を当てはめているのだが、正直難しい実情が多々ある。
介助者は、「指示待ち」「確認」が出来にくい。
「指示待ち」「確認」を培ってきた介助者は当惑し始めた。
そして医療的ケアは、どうだろう…。
 
かつて脳性麻痺の方々への支援は、或る意味で介助者の経験値やスキルが邪魔する場合があった。
寧ろ未経験の方が良かった場合も少なくない。
しかし、重複障がいの方々への支援または医療的ケアは、まさに介助者の経験値やスキルが活きる。
例えば痰の吸引などは、一回の介助で3~4回、それを週2~3回常時経験し続ける位ならばかなり慣れ技術も上達する。
前職が施設などでの医療的ケア経験者だと無論ダントツに習得が早い。
しかし、週に1回あるかないかという頻度だと毎回めちゃくちゃ緊張する。
そして技術はなかなか進歩が遅く、利用者は怖いだろうし不快を与えているのだと思う。
例えるならば車の運転みたいなものだろうか。
こればっかりは、「利用者も介助者を共に育成して欲しいからしばらく成長を見守って下さい」というには限度がある。
やはり我々介助者が自らスキルをしかもなるべく早期に上げなくてはいけないし、
事業所としても前述したようにスキルが上がる関わりの環境を築いてあげなくてはいけない。
 
医療的ケアと云えば、云うまでもなく医療機関とかなり密なやり取りが生じる。
そういった場面に於いても介助者及び事業所の経験値が浅いと困る場面が多い。
医療的ケアの経験値豊富な事業所と一緒になる他の現場があるのだが、
介助者が訪看さんにバンバン指示を出し対等かそれ以上に随時議論している。
なんか、とても頼もしい。我々もそうありたい。
だって、日々関わっている密度濃いのは医師や訪看さんではなく我々介助者なんだから、
関わっている利用者のことは介助者が一番知っているはずだから!!
 
支援者・団体共にHI STANDARDを目指しましょう!!
※各コメントは、逐語ではなく多少装飾しています。
 

理事長鶴岡の近況報告(12)   副理事長 宮尾正基

2019-02-22
ふと思った。
(縁起でもない表現だが)鶴岡さんと過ごした多くの時間の中で交わした多くの言葉を
ちゃんと再考してみるべきだ、と。
残念ながらあの頃のようにはうまく言語キャッチボールしにくくなった今、
かつてのあの「鶴の一声」たちを自分が今の時代にちゃんと伝達し、
なんかしら若い世代の支援者達へ問題提示しなくては、と。
 
「私はね、人前で話す時、人が多ければ多いほど燃えるんだよね!」
当時は、とにかく話が長い人だと思い、そして言い回しもまどろっこしく感じ、
それが自分の聴けてない態度として鶴岡サンに映っていたようで、
よく「ちゃんと話を最後まで聞きなさい!」と怒られたもんだ。
それがきっかけだった気がする。
『傾聴』というモノを意識するようになったのは。
未だに上手く出来ないでいるけど、「自分の聴けてなさ」はだいぶ「分かる」ようになった。
 
毎日のように昔の事務所で23時過ぎまで議論した。
笑ったり怒ったり泣いたりも。
鶴岡サンは一度火がつき話し出すと止まらない(笑)。
それに応える自分も自分だけど(笑)。
そんな日々でずいぶん友達との約束をすっぽかしてしまった(苦笑)。
鶴岡さんもいつも自分の予定を後回しにしてたんだと思う。
そしてお互いにいつも夕食は深夜だったんじゃないかな(笑)。
 
昔の自宅にも頻繁にお邪魔した。
「年末鍋」も何年か続く恒例だったことも…。
「私は味つけだけでなく食材の切り方まで事細かに介助者に指示するんだよ。
だから介助者が代わっても私の味が出せるんだよ」と
ビールをストローで飲みながら自慢げに云っていた姿を思い出す。
確かに鶴岡さんの家で何回かオヨバレしたけど、
味に大差はなくお世辞抜きにいつもの美味しい鶴岡さんの味が楽しめた。
 
なので、よく話した。よく語った。よく議論した。
お互い心理学が共通点なこともあって、話の幅が広く深くした。
 
面接も二人で行うのが定番で、
まるで翼君と岬君のように質問の意図する裏表がお互い分かり合えたもんだ。
あれはこの先もう他の人とはなかなか交わせないパス回しだ。
 
 「宮尾、コーディネートしやすいようにばっかり考えてんじゃないよ!
 わたしはコーディネートしやすい利用者じゃないからね!」
 「重度障がい者はめんどくさいんだよ!
 そのめんどくささにちゃんと付き合いなさい!」
                   ………ん~名言が多い!!
 
※各コメントは、逐語ではなく多少装飾しています。
 

理事長鶴岡の近況報告(11)   副理事長 宮尾正基

2019-01-25
新年が明けた。
アレからもうすぐ1年が経とうとしている…
 
しかし、『気管切開』というのは実に謎が多いと感じている。
情報量が少なく医療側とだけでやり取りをしていたら
おそらく今回退院は在り得なかったであろうし、
実際そういった方々はとても多いのではないだろうか?
安全ベースの医療立場としてはやむを得ないだろうが…。
 
まず、気管切開後に(「実音発声」という意味で)「話せる人」と「話せない人」がいる。
鶴岡サンは「話せない」側になってしまったのだが、
ん?「話せる」人って何?
と思うでしょう!? 
実際男性利用者で「話せる」人がこれまで二人いる。
しかも「ナイトウ」という医療機器を使用して話せている人と、
それも使用しない人。
しかしながら、鶴岡さんは、術前の時点であまり喉を使わない!?発声だった為、
術後もあまり大差なく!?声または声に近い音が出て、
難しいながらも何とか聞き取れている。
「何でヘルパーさんは聞き取れるんですか?」と医師や看護士が驚いているほど…。
で、現在は、新兵器「人口喉頭」を使用して、より伝わる状態になっているようだ。
鶴岡さんの良い意味でもその逆の意味でも自己主張の強さを改めて感じる。
 
飲食も様々。
口からの水分補給を強く望んでいた鶴岡さんだったが、関係者間からは即NO!
それでも、そこは鶴岡さん。交渉の開始!
その結果、内視鏡による咀嚼検査を経て可能だと立証し…。
ん?「器官切開の人が口から」って何?と思うでしょう!? 
これもまた千差万別。
入院時に一切禁止と云われた人が今はほぼ普通に口から飲食している人も…。
 
かつて、鶴岡さんは数え切れない程云った。
「3日生きれればいいと思い地域自立を始めた」と。
当時は、重度障がい者は医療機関から
「障がいを進行させない為には寝たきりが最善」
と云われたらしい(今もそうなのかも知れないが)。
で、現在はどうだろう?
地域に重度障がい者達を多く見るようになった。
それは云うまでもなく鶴岡さん達先人の功績。
保守的な医療機関の見解に従っていたら現在の状況は無かったのだろう。
で、現在、次の課題はまさに「医療的介助」の「普遍化」。
ただ、かつてのような「自己決定自己責任」にばかりでは成し得れない。
今後は『支援者の加担の在り方』が問われる、のだろう。
 
※各コメントは、逐語ではなく多少装飾しています。
 

理事長鶴岡の近況報告(10)   副理事長 宮尾正基

2018-12-25
「鶴岡さんの在宅生活はこれでいいのか!?」という声が少なからずあがってきている。
本人がこうしたい(外に出たくない!)って云ってるんだから、まったく余計なお世話なのだろうが、
で、少しでも繋がりをつけようと、これもまた余計なお世話なんだろうけど、
鶴岡さんに会いたい!と云う人達を積極的にコーディネートし始めた。
CILたいとうメンバーに始まり、
8/17  関係団体のNさん
9/21  利用者のFさん
11/16 元介助者のHさんとWさん
12/17 利用者のKさん         などなど
毎回、「邂逅」という表現が良く似合う素敵な時間に感じる。
まぁ、鶴岡さんにとっては疲れる方が多いのかな(苦笑)
これもまた余計なお世話かなぁ(苦笑)
そんな、相変わらずの自問自答を少しでも払拭しようと、
昔から知っていて(介助をしていた)
「CIL北」の理事長であり「呼ネット」の代表でもある気管切開当事者(変な表現!?)
Oさんに11/20相談に行ってみた。
相変わらず終始笑顔の穏やかな方で、お忙しい中1時間30分もの間、
そんじょそこらの講習会なんぞ足元にも及ばない程の良いお話を聞けた!!
自然に痰吸引を目の前でされたり、さらりと「最近あんまり家にいないんですよ」と笑いながら話したり、
目から鱗のオンパレード!!
「僕も当時は気管切開してまで…って思いましたよ」
「医師はあれダメこれダメばかり」
「僕も何年かは引きこもりでしたよ(笑)」
「昔は外に出れるなんて考えもしなかったですよ」
   なるほど!なるほど!
「周りは皆いろいろ云うんですけど、当時はただうるさいなぁ~としか思えなかった」
         ガーン!!
「きっかけだったんですよね! そういうタイミングが偶然いろいろと揃ったんですよ。
そして丁度その時に背中を押してくれた人(介助者)がいたのがきっかけでしたね。いまこうなったのは!
それまで3~4年かかりましたよ(笑)」
        まさに、ガーン!!!!
※各コメントは、逐語ではなく多少装飾しています。
 
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